日本は、アジアにおいて、英語を母語とすることなく、高度な近代化を果たした「世にもめずらしい国」です。英語ではない母語で高等教育や先端研究を行い、20人以上のノーベル賞受賞者を輩出している国は、日本だけです。
その原動力となったものこそ、明治の知識人たちが生み出した「現代国語」でした。現代国語とは、平たく言えば、「論理的な日本語」です。もともと日本語に「論理」は存在しませんでした。「論理」は、いわば英語の「心の習慣」です(“logic”の訳語として「論理」という言葉が生まれたのも、明治のことです)。つまり、現在われわれが日常的に用いている現代国語は、明治の近代化によって、英語的に大改造された日本語なのです。
ただ、現代国語は、羽子板でテニスをするような「文化ミクスチャー」でもありました。「和魂洋才」のスローガンが示すように、明治の近代化で目指されたのは、あえて日本の「国の個性」を残しながら、最低限の論理化(英語化)を図ることでした。
今日、アメリカ文明という名の普遍的文明が世界を覆い、アメリカの言語(英語)が、事実上のリンガ・フランカ(世界共通語)となっています。ほとんどの国は、軒なみ伝統的な言語や文化を捨て、英語を公用語とすることで、これに対応しようとしています。日本も例外ではなく、あるいは二度目の明治維新に直面していると言っていいのかもしれません。「英語を公用語に」という動きは、僕が身を置く教育の世界でも、かつてないほど高まってきています。確かに、グローバリズムの勢いはまるでブルドーザーのようで、明治の知識人が用意した「和魂洋才」の現代国語では、もはや対応しきれないほどのものなのかもしれません。
だからこそ、英語が支配するグローバル社会において、われわれ日本人が備えなければならない真に差し迫った課題は、英語そのものではなく、英語の「心の習慣」である「論理」を学び直すことです。明治の知識人たちの尊い遺産である「現代国語」を生かしながら、もう一度、いかに日本語をロジカルに運用すればよいかを、改めて考え直すことです。本書のテーマも、まさにそこにあります。ぜひ、ご一読くだされば幸いです。
- 新書: 256ページ
- 出版社: 筑摩書房 (2016/8/4)
- ISBN-10: 4480069054
- ISBN-13: 978-4480069054
- 発売日: 2016/8/4
誤植訂正のお知らせ
『「超」入門! 論理トレーニング』の第1刷に、以下の通り、誤植がありました。謹んでお詫びし、訂正させていただきます。
93ページ 12〜13行目
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第2刷以降では訂正されています。