稲垣友太さん 2015.03.19

慶応義塾大学環境情報学部(2017年度卒業)
投資銀行勤務

 僕が初めて横山先生と出会ったのは高校卒業後に通うことになった某予備校でした。

 横山先生は僕が予備校に入った年に、同予備校で講師をされることになり、たまたま僕のクラスの英語の担当をされていました。高校時代はひたすら部活漬けの日々で、授業中は部活のための睡眠時間でした。そのため部活を引退した後も授業にはもちろんついていけず、そのまま1年目の受験を迎え、見事なほどに木っ端微塵にされ、予備校に通うことになりました。そのため、まともに勉強するのは初めてで、当初の横山先生の授業は僕にとっては間違いなく最も厳しい授業でした。厳しいというのは、授業の内容というよりも授業の雰囲気が大きかったのかもしれません。寝ていても怒られないような高校時代の授業の延長感覚で受けていた予備校の講義で唯一、講師の「本気」を感じられた授業が横山先生の授業でした。

 先生は授業の度に「早くこんなところから出て本物の学問をしなさい」ということをおっしゃっていました。その言葉に鼓舞され、ようやく本気の受験勉強が始まりました。授業で分からなかった英文を抱えて講師室に行き、横山先生を捕まえては僕のトンチンカンな和訳を見せつけ、先生を困らせたものです。変な訳で難解になった文章を添削してくださる先生の苦い表情と、添削で真っ赤になった教材を見ては、次こそは次こそはと意地になって英文を読んでいたのがとても懐かしいです(笑)。

 僕が慶應のSFCを目指すようになったのは夏期講習の時期でした。先生は「箱根の向こうの受験生はもっと本気で受験している」とよくおっしゃっていたのですが、その「箱根の向こう」の生徒たちと勝負することを決めました。そこからも何度も講師室を訪れ、数え切れないほどの添削をしていただきました。また、国立の理系クラスだった僕が国語の勉強をする機会がないことも察して、英語とは全く関係のない小論文の添削までしていただいていました。予備校からの帰りには、駅構内の洋菓子店でシューアイスを買って頂いたり、家に帰ったあとも頑張れるようにと栄養ドリンクを買ってくださったり、単語テストをしてくださったりと、たくさんのパワーを送っていただきました。東京の受験会場に1人で向 かう新幹線の中では、不安で落ち着かず、受験後もずっとずっと不安でした。合格の発表を見たときには、ツラかった1年間をすべて吐き出すような、久々に「生」を感じる呼吸ができた瞬間でした(笑)。 合格報告で訪れた講師室で、僕を見た瞬間に立ち上がって差し出してくれた先生の右手で僕の受験は終わりました。

 今は大学でバイオサイエンスを学び、英語で書かれた論文(先生がおっしゃっていた「日常英語」が僕の中ではこうなっています。笑)と戦う日々を送っています。SFCのキャンパスで、横山先生の教え子に会えるのを、とってもとっても楽しみに待っています。

追記(2017年3月11日)

 現在は、大学4年間で培った学術英語とは異なる、ビジネス英語に取り組んでいます。そのシーンに合った英語を使い分けるのはなかなか困難です。横山先生はよく、日常会話からかけ離れているとしばしば論評される受験英語も、受験生にとっては至極当然日常英語であり、自分に必要な英語を身につけるようにと激励してくださいました。横山先生の指導のもと、皆さんが必死に勉強なさっている英語といつか出会う日がくることを楽しみにしています!