下條朝也さん 2015.08.25

慶応義塾大学環境情報学部(2017年度卒業)
大学院生

  予備校時代、僕が横山先生に個人的に相談したことは、一度しかありません。それは、浪人をするにあたっての決意というか、もはや執念に近いものでした。予習は完璧にこなし、授業は誰よりも緊張感を持って臨もう、そう思って、日々予備校に通っていました。事実、受験が終わるまでの一年間、その決意が揺るぐことはありませんでした。そして、あわよくば良い成績を修めて先生を驚かせてやろう、いつかは越えてやろうとさえ思っていました。

 しかし、秋のことでした。どうしてもわからない和訳問題が一題だけあり、仕方なく先生のいる講師室へ向かったことを今でも覚えています。その際、添削で真っ赤になったプリントをよそに、「慶應に面白い学部があってね」とSFCを勧めてくださったことは忘れません。これこそが僕の転機でした。

 先生はしきりに「箱根の向こう」を目指していました。箱根の向こうにいる受験生はもっともっと勉強している、こんなもんじゃない、彼らこそが君たちの真の相手だと言わんばかりに。僕は「箱根の向こう」が気になって仕方ありませんでした。SFCを志したその日から、見えない、見たこともない強敵と戦う ことを決めました。その恐怖から逃れるために、より一層授業にのめり込みました。

 先生はとても熱い方でした。生徒に対しても、英語に対しても、誰よりも真摯に向き合っていたように思います。「こんな陽の光の当たらない場所にいてはいけない。一日でも早くアカデミックな世界に出て、こんな場所のことなんて忘れなさい。」と、いつも僕たちを激励してくださいました。

 月並みな言葉ですが、大学合格はゴールではありません。よくやったのはその日の自分であって、明日の自分ではないはずです。大学生活が始まれば、これまでの勉強とは違う、アカデミックな世界が待っています。これがまた面白いのです。当たり前ですが、先生はそのスタートラインに立つまでの指導しかしてくれませんでした。しかし、アカデミックな世界とはどんなものか、その外観や心構えを、受験勉強を通して教え、覗かせてくださいました。

 僕にとって、横山先生から英語を学ぶということは即ち、学問の扉を叩くことでした。今は、大学で専攻している認知科学の英語文献を読みこなすのに四苦八苦する日々を送っています。そして次は院試。英語によって拓かれた学問への道は、英語によって確実に高みへ挑もうとしています。

追記(2017年3月20日)

 僕はこの春から、大学院に進学します。  人間の高次認知、とりわけ推論について興味があります。

 僕が大学院に進学したいと思ったのは、間違いなく慶応SFCへの進学がきっかけです。非常に自由な校風で、思う存分自分の好きなことに向き合えました。
 横山先生が仰った通り、予備校の外で師と出会い、学問に触れた結果です。

 しかし、大学で勉強・研究に打ち込めたのは、横山先生の指導で培った英語能力と論理的思考があったからこそです。

 もし浪人をせず、つまり横山先生に出会わず大学に進学していたら、大学院進学を志すことはなかったと思います。

 また、先生は、学問をすることとはどういうことかを教えてくれました。ただ良い大学に受かりたいとばかり考えていた浪人時代の僕に対して、大学に進学する意味を与えてくれました。

 この感謝を胸に、今後も地道に学問の道を進んでいけたらと思います。