山田政信先生 2015.06.04

天理大学国際学部教授

 グローバル人材の育成が火急の問題だと語られるようになって久しくなりました。文部科学省は平成24年に「グローバル人材育成推進事業」を提唱し、大学教育におけるグローバル化を目的とした体制整備を呼びかけました。推進事業の指定を受けた全国42の大学では様々なプログラムが企画され始動しています。そこで、受験生のみなさんとグローバル人材とはどのような人材をいうのか考えてみたいと思います。

 おそらく、みなさんなら「国際的に活躍する人材」と素直に答えるかもしれません。その答えはあながち間違いとは言えません。しかし、それならインターナショナル人材と呼んでもおかしくはないはずです。「グローバル」が「地球的規模の」という意味であることを踏まえたとき、それは国家という枠組みを超えた概念であることがわかります。すなわち、グローバル人材とは、もはや国家や人種、民族性、さらには文化の差異をも超えて、それらに囚われることなく自由闊達に活躍する人材なのです。かといって、自らが育った環境や現在の生活空間などへのローカルな視点も忘れてはいけません。

 グローバルに行動するには、先ず外国語によるコミュニケーション能力が問われることは言を待ちません。そこで英語力を身に付けようという議論がすぐに湧いてくるのですが、世界は英語一辺倒でないことは明らかです。英語は数多ある外国語のうちの一つに過ぎないことを理解し、英語以外の言語にチャレンジすることもグローバル人材として育つための要素となるでしょう。とは言いながらも、英語がグローバルスタンダードであることは厳然たる事実です。それゆえ、英語の基礎力を身に付けておくことは必要です。みなさんには受験英語を学ぶこともグローバル人材になるための準備であることを意識してほしいと思います。

 では、外国語を自由に操れるようになればグローバル人材と呼べるのでしょうか。実は必ずしもそうではないのです。なぜなら言葉とはナニカを伝えるためのツールに過ぎないからです。私は大学でブラジルポルトガル語を教えています。いつも学生たちに伝えるのは「外国語を」学ぶことを目的とするのでなく、「外国語で」ナニカを学ぶことを目指してほしいということです。そのためには、誰にも負けない専門的知識を持つことが大切です。それは、世界のどこか特定地域の事象を専門的に語ることのできるローカルなナニカかもしれません。あるいは先端的な科学技術に関するグローバルなナニカかもしれません。

 横山雅彦先生の英語教育は、まさに「外国語で」ナニカを学ばせるというスタンスに立っておられます。英語を身に付けることはもちろんのこと、それだけに止まらない文明論的ナニカがふんだんに、そしてロジカルに語られているからです。横山先生の全方位的な知の言葉は、みなさんを「無限の知のフロンティア」に誘い、勇気づけてくれることでしょう。

 横山先生と私は筑波大学大学院博士課程哲学・思想研究科に一緒に入学しました。修士課程は横山先生が東京外国語大学、私が筑波大学でしたが、偶然にも地域研究研究科(当時)というところで学際的アプローチによる訓練を受けてきたという共通点がありました。私たちは「実存的な学問」を求めていましたが、今となればその志を「縁」として感じられるようになりました。あの頃も横山先生は、自分の全存在をあげて根源的な地平を切り開こうと前進しておられたことを、私はついこのあいだのように記憶しています。

 みなさんにはそんな横山先生の「知のアジテーション」を堪能してくださり、先生の心からほとばしるような言葉から「人間としての教養」を身に付けて頂きたいと思います。それらを全うに受け止めようと努力することが、必ずやみなさんをグローバル人材に導いてくれると信じています。

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